2008年8月6日水曜日

『巨星ジーグフェルド』 天空への階段


アメリカショウビズ界の伝説的なプロデューサー、フロレンツ・ジーグフェルドの生涯を描いた作品。1936年度の第9回アカデミー賞で7部門にノミネートされ、作品賞、主演女優賞(ルイーゼ・ライナー)、ダンス監督賞の3部門でオスカーに輝いた。私自身はMGMの創立50周年を記念してミュージカル映画の集大成として製作された『ザッツエンタテインメント』(1974年)で初めてこの映画を知ったのだが、厳密に言えばミュージカルというよりは伝記的なドキュメントドラマといった意味合いが強い。とは言うものの豪華絢爛たるジーグフェルドフォリーズの創始者の映画ということで、舞台シーンやダンスシーンが当然次から次へと再現されていてミュージカル映画とカテゴライズされるのももっともである。

フロレンツ・ジーグフェルド(1869-1932年)はシカゴの見世物小屋の興行師から身を起こし、1910年代に美しい女性を集めたレビュー「ジーグフェルドフォリーズ」を創設し人気を博す。この映画にも実際にフォリーズの人気ものだったファニー・ブライスとハリエット・ホクターが出演しているが、フォリーズからは当時一大産業になりつつあった映画界にもニタ・ナルディ、メイ・マレーといったサイレント時代の大女優を輩出した。チャップリン夫人になったポーレット・ゴダードやバーバラ・スタンウィックなどもフォリーズ出身で、20年代のヨーロッパを熱狂させ時代の寵児となった黒人ダンサーのジョセフィン・ベイカーもフォリーズの舞台に上がっている。ジーグフェルドは21本のフォリーズ作品のほかブロードウェイのミュージカルも数多く手がけ、アメリカのショウビジネスの基礎を築くことになる。

『ザッツエンタテインメント』でも紹介されたジーグフェルドフォリーズの第1作“A Pretty Girl Is like a Melody”(アービング・バーリン作曲)の舞台の再現シーンがこの映画の圧巻。175段の階段、総重量100トンの渦巻状の塔に、82人のダンサーや歌手が主題曲やジャズやクラッシックのメドレーを歌い踊る。
その巨大な舞台をカメラが回転しながら頂上に追っていくと頂点にヴァージニア・ブルース扮するフォリーズのスター、オードリー・デインが鎮座していて微笑んでいる。見上げれば天空から純白のカーテンが階段を覆い尽くすように降りてくる。この観るものの度肝を抜く大掛かりなセットは、当初作品自体ユニヴァーサルで進められていた企画だったのだが、あまりにも制作費が高騰しMGMに権利を譲り渡したという逸話つきである。3時間近い長丁場の作品だがこのシーンを見るだけでも価値がある。
黒い燕尾服の男たちと純白のドレスの女たちの群舞、白と黒だけの世界がいかに贅沢で美しいのか如実に表現したモノクローム芸術の極致といえよう。



この映画が製作された年、日本は2.26事件が勃発、戦争へひた走る不安の中にあった。よく映画を通して“こんな国と戦争するのか”と認識したという当時の世代の人たちの証言を聞いたものだが、確かにこの階段シーン一つとっても文化レベルの差を痛いほど感じさせる。戦後、昭和31年に東京・大阪でコマ劇場ができ、劇場名の由来となった独楽のように回る3層のせりあがり舞台が人気を呼んだのだが、その原型はこの映画で紹介されたジーグフェルド・フォリーズにあるのだろうか?
また、ドラマとしても恋愛あり、事業の成功と失意あり、夫婦愛ありでなかなか飽きさせない。映画の後半に描かれたブロードウェイのスタンダードになった『リオ・リタ』『ショウボート』『三銃士』『フーピー』4作品への資金調達のくだりあたりは、投資対象としてのショウビジネスが現在のシステムとほとんど変わっていなかったり、草創期のアメリカのエンタテインメント産業を知る上でなかなか興味深いものがある。

ジーグフェルドを演じたのはウィリアム・パウエル。ジーグフェルドの最初の妻となったアンナ・ヘルド役にこの作品でオスカーに輝いたドイツ人女優ルイーゼ・ライナー、そして晩年を支えた再婚相手の女優ビリー・バーク役は『影なき男』でパウエルと共演し名コンビといわれたマーナ・ロイ。
パウエルは1946年に公開されたMGMミュージカル『ジーグフェルド・フォリーズ』(ヴィンセント・ミネリ監督)で再びジーグフェルド役を演じた。監督のロバート・Z・レナードも1941年『美人劇場』でフォリーズを題材にした作品を手がけジュディ・ガーランドを階段セットの頂点に座らせた。ジュディ・ガーランドはその後1946年にヴィンセント・ミネリと結婚(ライザ・ミネリはその娘)。ジーグフェルドの威光なのかなにか不思議な縁を感じさせる人間関係である。

アメリカのショウビジネスのスケールの大きさ、奥深さを感じさせる秀作。


●巨星ジーグフェルド
(1936年米MGM作品)
監督/ロバート・Z・レナード
脚本/ウィリアム・アンソニー・マクガイア
   シーモア・フェリックス
音楽/アーサー・ラング
   フランク・スキナー
   ウォルター・ドナルドソンほか
出演/ウィリアム・パウエル(フロレンツ・ジーグフェルドJr)
   ルイーゼ・ライナー(アンナ・ヘルド)
   マーナ・ロイ(ビリー・バーグ)
  ヴァージニア・ブルース(オードリー・デイン)

1936年度アカデミー賞作品賞・主演女優賞・ダンス監督賞
          

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